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著者紹介 watanabe_fujio

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01日 2014年01月

It’s starting Now

2014年01月01日|

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みなさま、新年明けましておめでとうございます

昨年はたくさんの励ましと応援を頂きながら、無事1年を終えることができました

心より感謝申し上げます、ありがとうございました

さて、ブログの更新も随分滞ってしまいましたこと、深く反省しております

これからは出来る限り更新をしていきたいと思いますので、よろしくお願い致します

昨年6月に杉並区議会 副議長の大任を拝し、区民福祉の向上と区政発展のため議会運営に微力ではありますが尽力させていただきました

現在、まちづくり、防災対策、文化スポーツ施策、高齢者施策について具体的な取組みをしているところです

ライフワークとも言える大きな事業もありますので、今後は随時ご報告をしていきたいと思っています

本年は公明党結党50周年の佳節の年です

「大衆と共に」との立党精神を改めて心に刻み、新たな決意で駆け抜けていきます

我がまち杉並から将来への夢と希望を発信していく1年となるよう、今年も全力で頑張ります!

みなさま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます

11日 2013年03月

2年の歳月

2013年03月11日|

東日本大震災から

随分前のような気がしてしまいます。

震災直後、混乱の中、被災した家族を探しに福島へ行ったこと。被災地に救援物資を運んだこと。原発の警戒区域内の実家へ一時帰宅したこと。実家の3分の2が津波で流されていたこと。

平穏な暮らしを取り戻すと、それらの出来事がどこかリアリティの無い感覚になってしまいます。

人間の脳波は嫌なことは早く忘れようとする回路が働くそうですが、そういうことなのかもしれません。

しかし、家族は避難生活を強いられたまま故郷の地に帰る目処も立たないこと。そして、一時帰宅の度に目にする、未だ手つかずのままの街並と津波によって崩壊した実家は、嫌が応でも現実に引き戻してくれます。

かろうじて残った実家の居間にある、2011年3月のカレンダーと地震発生時刻の14時46分過ぎで止まったままの掛け時計は2年前と何も変わっていない悲しい証です。

いつも一通り作業を終えると駅舎が流され荒れ果てた富岡駅のホームに立ちます。

そこには、震災前と変わらぬ美しい海と真っ青な空が広がっています。

その素晴らしい故郷の風景を見る度に、いつかもう一度この街を復興させたいと心の底から思うのです。

絶対にあきらめない、希望を捨てない限り必ず道は切り開かれて行くはずだと信じます。

日本人の力と可能性を信じたいと思います。

もう一度自分にできることから始めよう。

07日 2013年01月

今年は幾つ出る⁈

2013年01月07日|

少しだけホッとした三が日が過ぎ、いよいよし新年会シーズンへ突入

今年は幹事長なので例年より多く声がかかります

昨年の選挙で政権交代し与党となった事から、新年会の場で「がんばれよ!」「期待してるぞ!」との励ましや、「前のようなことになるなよ」「景気をなんとかしてくれ」と厳しい言葉も頂きます

期待の大きい分、結果を出さなければ、あっという間に再び国民の信頼を失うことになります

いち区議会議員とは言え党の看板を背負っているわけですから、身近な区政においても、しっかりと責任を果たしていかなければなりません

ともあれ、新年会は率直な意見や要望を聞ける場でもあります

飲み過ぎないよう、食べ過ぎないよう気をつけなければ…

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